当セミナーの看板教師として小学生の算数を指導してくださっている前田敏孝先生に、プロだからできる指導のコツをお聞きしました。
- 前田先生は小学生の算数指導がご専門ですね。受験の算数は独特の難しさがありますが、先生にも得意な単元、苦手な単元ってあるんでしょうか。
好き嫌いはありますよ。教えていて楽しいなとか、子どもも乗ってくるなという単元はあります。逆にちょっと地味な、おもしろくない単元もあります。
しかし、得意・不得意ということではありません。算数なら何でも教えられます。不得意な単元があるようでは、最難関クラス、たとえば灘中志望の生徒は指導できませんから…
- おもしろい単元、おもしろくない単元とは具体的にどれですか?
おもしろい単元は図形だと思います。
なぜかというと、子どもって目に見えてイメージしやすいものを楽しいと感じるんです。
図形はまさに目で見て解く問題なので、教える側もけっこう乗ってきますし、子どもたちも食いつきがいいです。
逆に、あまりおもしろくないのはイメージしにくい、頭の中で想像しにくい単元です。
たとえば、場合の数ですね。これとこれの組み合わせは何通りあるか、並べ方は何通りあるかというような問題ですが、答えが何百通り何千通りと出てきたときには確かめようがないので、子どもも「これでいいのかな?」と半信半疑で解いています。頭の中で想像しにくいという点で、ちょっと楽しくない単元かなとは思います。
- おもしろくない単元を教えるときに注意することや、指導のポイントはありますか。
頭の中で考えるだけじゃなく、一度手で書かせて、なるべくイメージしやすくしています。たくさん書いていく中で、生徒といっしょに「ここはもうちょっとこういう風にまとめれば楽に解けるよね」と話しながら法則を見つけ出していきます。そこから公式やテクニック、解き方を教えます。
いきなりテクニックだけを先に教えてもイメージができないので、どうしてそのテクニックが使えるのかを論理立てて説明して、理解しやすいように工夫しています。
- 与えられた公式を当てはめる練習よりも、公式の背景にある考え方を理解することがまず大事ということですね。
しかし、実際には、覚えるのは得意でも考えるのが苦手な生徒もいますよね。そんな生徒にはどう対応されますか。
自分の頭で考えられる子は伸びます。考えられない子、自分で考える習慣のない子は伸びません。
ただ、考える訓練ができてない子にいきなり「想像力働かせろー!がんばって考えろー!」と言っても無理な話であって、考え方を教えてあげなければなりません。
私の場合は、まずはテクニックは無視して、「自由に考えてごらん」と言って問題を解かせます。解き方がぐっちゃぐちゃでも、時間がいくらかかっても、まずは自分の考えをなんとかひねり出す作業をさせます。それで、その考え方が論理的だとか、正しかったら褒めてあげて次につなげていけばいいし、あまり考えずに思い付きでものをしゃべってしまう子には論理的に考えるように促していきます。
文章題だったら、「この文のここからこういうことが分かるよね」と話しながら絵を描いて、先生がどんなふうに筋道を立てて考えているのかを教えてます。ほんとにもう、幼稚園かっていうような簡単なものを絵に描くこともありますよ。そういうことを繰り返していくと、まず考え方が理解できるようになり、それから自分で考えることができるようになります。
自分の頭で考えることができれば、テクニックはあとからいくらでもついてきます。
- さきほどから「テクニック」ということばが出ますが、具体的にはどんなことですか。
算数の問題の解き方です。方程式という解き方もありますし、文章題から文の通りに式を作ることや、問題パターン別の解法などです。
問題を解くということに限って言えば近道ですが、あまりテクニックにばかり頼っているとどこかで破綻します。
- 考える下地を作る教育が大切なんですね。
そのほうが子どもの将来のためになりますしね。
そうは言っても、受験までに時間がないこともありますよね。そんなときはどうされるんですか。
ご家庭と話し合いますね。下地作りの大切さをご説明すれば、「だったら今回の中学入試は現状で無理のないところでけっこうですから、考えることを重視して教えてください」とおっしゃる親御さんもいらっしゃいます。そういうときは、どこの中学目指すというのはひとまず度外視して、しっかりと考えの下地を作る指導に切り替えます。
親御さんが「どうしてもこの中学校に」ということであれば、どんどんテクニックを仕込みます。
私がやりたいこととは少し違うんですけれど、合格が目的ですから。その代わり、中学校に入ってからちゃんと考えるということを鍛えてあげてくださいね、ということは必ずお伝えします。
- プロ家庭教師と、学生やアルバイトの教師の違いは何だと思われますか。
わかりやすく教えるというのは当然のスキルとして、その上で、私個人の考え方になるかもしれないんですが、教えるということは仕事の半分ぐらいとしか捉えていないんです。残り半分は何かというと、生徒さんのメンタル面と、親御さんのメンタル面のケアです。ここを整えてあげられれば、もっと勉強しやすい環境を作ることができます。
親御さんの悩みとして一番多いのは、やっぱり「子どもがちゃんと勉強しない」ですが、その理由はけっこう根深いものがあると思います。母さんがカリカリしてると、子どもはどうしてもそれが気になって勉強に手がつかない。より勉強しなくなる。それを見てお母さんがまたカリカリしていく…と悪循環になるパターンが多いですね。
それから、さきほどの自分の頭で考えられる子、考えられない子の例で言えば、考える習慣が身についていない子どもに対して親御さんが「ほら、考えてごらん、考えてごらん」と無理難題を押し付けているケースもよくあります。考えるという発想がない子は、そう言われると萎縮してしまって、なんだかわからないけど「お母さん怖い」となって、より勉強が嫌いになっていく。
- 親御さんのメンタル面のケアが必要というのは意外でした。なるほど、そこに気配りができれば、勉強しやすい環境が整いますね。
生徒のメンタル面のケアで気をつけるべき点はありますか。
信頼関係を築くことです。信頼関係ができる前に叱ったりすると、「あ、もうこの人は嫌」「この人の言うことは受け付けない」とレッテルを貼られてしまいます。
生徒の様子をよく観察して、たとえば、ちょっと落ち込んでるように見えるときに「何かあったの?」と聞いてあげると、「学校でこんなことがあって…」「友達と喧嘩してね…」とか、そういう悩みを打ち明けられる存在にもなりえます。学校だけじゃなくて、お母さんに、お父さんに叱られてどうだったとかいう悩みのはけ口にもなってあげられます。
教科を教える技術でいっぱいいっぱいの若い先生だと、失礼ながらなかなかこういうところにまで気を回す余裕がありません。でも、子どもが勉強しない/勉強できない原因は、必ずしも勉強の中だけにあるわけじゃない。いろんなところにあるんです。
- ちょっとカウンセラーみたいですね。
算数を教えるということに対して、実にさまざまな角度からアプローチされているということがよく分かりました。これからも期待しています。ありがとうございました。
ありがとうございました。